弁護士が教える人事トラブル対応①

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会社に新メンバーが入社したものの、会社になじめなかった場合、通常の退職とは全く異なるスピード感で会社を辞める、辞めないという問題に発展することがあります。人事部門としては「入社手続きをしたばかりなのにどうしたらいいのか」と戸惑ってしまう場面も出てきます。しかし、法的な見方をすることで、相手の言い分を整理して冷静な対応をすることが可能となります。

【事例】

社員Bが、入社した直後に会社の理念が自分に合わなかったとして、入社後1週間くらいで「入社をなかったことにしてもらいたい」と言ってきた。この場合、会社としてはBの言い分を聞き、入社をなかったことにしなければならないか。

1 「入社をなかったことにしてもらいたい」の意味

ベンチャー企業の場合、「会社の理念」に惹かれて入社する、というケースが非常に多いと思われますが、入社してみたら、「思っていたものと違った」といってトラブルになることがあります。そこで、Bの主張について法的な整理を試みたいと思います。

Bの主張は、法的には、会社との労働契約が錯誤無効(民法95条)であるという主張なのか、即時解除(労基法第15条2項)の意思表示なのか、退職の意思表示なのか、というに幾つか解釈ができます。

この中で、Bは、会社に入社したことを履歴書に残したくないなどの理由から、「入社したことをなかったことにしてもらいたい」という言い方をしており、その意味合いからすれば、「会社の理念」が自分の思ったものではなかったという錯誤による無効の主張であると考えるのが素直です。

では、このようなことを主張された場合、会社としてはどのように対応するべきでしょうか。

2 錯誤無効(民法95条)

Bは、「会社の理念」について自分に合わないことを理由に錯誤無効の主張をしていると解釈した場合、このような主張は法的には有効なのでしょうか。

この主張が有効となるためには、「会社の理念」が、「法律行為の要素」になっていることが必要です(民法95条)。そして、「法律行為の要素」は、①もしその点について錯誤がなかったならば、表意者はその意思表示をしなかったと考えられ(因果関係)、かつ、②意思表示をしなかったことが一般取引上の通念に照らし至当と認められる(重要性)ような、意思表示の主要部分を指すとされます(大判大正7・10・3民録24巻1852頁)。

ここで、「会社の理念」は、後述する労働条件とは異なりますから、労働契約の主要部分に該当するとは言い難いと思われます(また、そうすると、いわゆる動機の錯誤の問題にもならないのではないかと考えられます)。

したがって、Bの錯誤無効の主張は、法的に失当(意味がないもの)ということになります。

3 即時解除(労基法第15条2項)

では、仮にBが「会社の理念」が自分に合わないことは、「聞いていた労働条件と違うことだ」と主張した場合はどうでしょうか。すぐに契約関係を解消したいという意味では、このような解釈もできなくはありませんので、検討してみます。

労働契約は、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを内容とする労働者と使用者の間の契約」(労働契約法第6条)です。そして、労働契約の内容は、出来る限り書面により確認する(労働契約法第4条2項)とされ、その契約締結の際に明示される必要があります(労基法第15条1項)。

この明示される労働条件は、労働契約の期間に関する事項や就業の場所及び従事すべき業務に関する事項、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項、賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項、退職に関する事項(解雇の事由を含む。)など(労基法施行規則第5条参照)であり、このとき明示された条件と事実が異なった場合には、労働者は労働契約を即時解除することが出来ます(労基法第15条2項)。

Bは、「会社の理念」が労働条件として明示されていた場合には解除の主張をする事ができる可能性があるでしょうが、一般的には労働条件通知書には「会社の理念」は含まれていません(し、この理念が事実かどうかは入社後1週間で明らかになることは無いと思われます)から、Bの主張は解除の主張としても、法的には失当ということになります。

4 会社の取るべき対応

以上のとおり、Bの主張は、錯誤無効の主張としても即時解除の主張としても失当ではないかと考えられます。

したがって、会社としては、Bの「入社をなかったことにする」という希望には応じる必要はなく、退職の意思表示をしたものとして対応をしていくことになります。

退職の意思表示は、就業規則などに「退職の1ヶ月前」などの定めがありますから、(賃金等を払いたくないなどの事情はさておき)それに則って処理をするというのがもっとも穏当だと言えるでしょう。

この記事を書いた人

中村 譲
中村 譲弁護士
約三年間、ベンチャー企業のインハウスローヤーとして企業経営に直接携わる立場で、様々な案件を扱ってまいりました。企業の中に身を置いたことで、経営レベルの案件も、営業現場レベルの案件も、大小の区別なく豊富に経験しております。
ベンチャー企業が成長していく過程では、未経験な業務に挑戦することばかりだと思いますが、「まずは行動しないと始まらないが、どの範囲まで進めていいのかわからない」という時に、法務とビジネスの観点から迅速な支援をさせていただきたいと考えています。
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