きっかけは『花は咲く』!プロからアマまで。空前のコーラス ブームがやってきた!

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今や空前のコーラスブームがやってきていますね…。テレビをつけても、街のホールでも、歌声が流れてきます。プロからアマまで一丸となって演じる、オーケストラ共演の本格派から、ママさんコーラスに至るまで…。質も高まって、コーラス人口は増え続けています。

キッカケはあの歌、『花は咲く』

発端となったのは、復興ソングといわれた『花は咲く』、2011年の大震災の後に流れたあの歌は、人々を元気づけ、またチャリティーソングとして歌い続けられました。音楽の持つやさしさに、どれだけ励まされたことでしょう。その後に増えた、老若男女のコーラスグループの中でも、シニア世代は聴かせるより、自分達で歌う喜びを再発見しています。

花は咲く(オリジナルフルバージョン) from FOSTERFREES on Vimeo.

ふるさと合唱交流会に参加して

メンバーの所属する狛江の街のコーラスもその一つ。子供の頃に習った唱歌の合唱アレンジですが、なぜか郷愁が漂う旋律が多いものです。イタリアのオペラ歌手ドミンゴが唄った、『故郷(ふるさと)』始め『朧月夜』『もみじ』『春の小川』を作詞した高野辰之の記念館を、氏は訪れています。メンバー達も、唱歌作者の多い信州へ、原体験の地を探しに、北陸新幹線で行ってきました。

合唱祭が催されたのは、新幹線駅前に今年オープンしたばかりのホール 『なちゅら』。著名な建築家、隈研吾の設計によるものですが、地元の木材をふんだんに使い、斬新でありながら調和の取れた和の建造物には魅了されました。透明なガラスから見える山が、新緑の萌黄色と相まって、なんとも長閑なくつろぎ感がありました。ここ信州が長寿である秘訣は、澄んだ空・水・山菜・果物、歩き…だそうですが一番は、手作りの料理での〝おもてなし″のこころ。唱歌のふるさとであると同じく、日本の心の故郷なのかも知れません。…。コーラスは競い合うのではなく、上手ではなくとも、それぞれの特性を活かした音があって、それで良いのだと思いはじめたところです。

唱歌に込められたメッセージ

野口雨情の歌詞

野口雨情が童謡「しゃぼん玉」に託した亡き幼子への想い。野口雨情は明治41年3月、ひろ夫人との間に長女をもうけますが、生後わずか7日で亡くなっています。また「赤い靴」をはいた女の子は本当に異国へ渡ったのでしょうか? 横浜~麻布十番の教会前にも像があるそうで、真実を語り過ぎない所に、童謡の奥ゆかしさがあるのかも知れません。

島崎藤村の歌詞

藤村の詩、『初恋』には二つのメロディーがあります。「まだあげそめし前髪の… 」舟木一夫の歌謡曲で大ヒットし、高校の教科書には載らなくなりましたが、実はイタリア歌曲調の原曲があるのです。「やさしく白き手を伸べて… リンゴ畑の木の下で…」歌いながらもエデンの園を思い浮かべてしまうのは何故でしょうか? 恋多き歌人藤村の詩情溢れる代表作です。

『ヤシの実』にも又、面白いエピソードがあります。愛知県伊良湖岬(恋路ヶ浜)で見つけたヤシの実をみて、柳田国男は日本人のルーツを探り、藤村は自身の流浪の旅を憂いたという。遠い南国の島から流れ着いたヤシの実は、それだけでドラマチックな連想をさせますね。

北アルプスのふもと安曇野の川辺には『早春譜』が詠まれた歌碑があります。20世紀の名歌とまで言われた曲が作られてから今年で百年。「春は名のみの風の寒さや、~~ 時にあらずと声をたてず、~」そう、時代の主張が出来ないままに、日の目を見る迄には50年もの月日が流れていたのです。

またドイツ留学後に名曲『花』を残して、若くして亡くなった滝廉太郎もしかり、この時代の洋楽事始めには色々な事情がありそうです。 短いものでは僅か8小節の唱歌の中に、多くのメッセージが込められていたのですね。     

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