学習しよう!精神医療の歴史と精神医学

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精神=心の病については、歴史的には人間社会が成立して以来、神話や哲学などで記述され、意識されてきました。今回は、西欧及び日本の精神医療の歴史を、精神医学とともにご紹介しましょう。

精神医療の歴史

西欧の歴史

古代西欧では精神障害を肉体的な病気に関連付けて、病気とみなしていました。

メランコリーという言葉は「黒い胆汁」というギリシャ語に由来し、ヒステリーは「子宮」を意味しているように、身体的な病気とみなされ、作業・レクリエーション療法的なものも行われていたようです。

しかし、中世になるとこのような考えは廃れて、西欧ではキリスト教が勢力を得ました。そして、精神障害についても宗教的・哲学的な考えが中心になりました。

精神障害者にとっては、いわゆる「中世の暗黒時代」になり、「精神病は病気ではなく、悪魔の仕業、神の罰である」と考えられ、一般社会から迫害されました。

18世紀になり初めて、精神障害の治療法・管理が司祭から医師の手に委ねられました。パリの病院長だったピネルは、精神障害者を鎖から解放し、病める人間として扱いました。この傾向はヨーロッパ各地に広がり、道徳療法として「無拘束の原則」が確立されました。 

しかし、大半の精神科病院は酷い状況で、精神科医の数も少なく評価も低く、ダーウィンの「適者生存、自然淘汰説」の影響もあり、19世紀末から再び強制器具が使用されるようになりました。

他方、ベルギーのゲールでは13世紀頃から自然発生的に精神障害者を家庭で保護するコロニーが形成され、19世紀の半ばには政府による優遇措置が講じられました。

このように西欧においては、精神医療は迫害と保護の繰り返しの歴史ともいえますが、1900年前後からクレッペリンやフロイトなどの著名な精神医学者が現れ、統合失調症や躁鬱病の概念や精神分析理論が形成されました。

第二次大戦後は人間性の尊厳死が再認識され、それにともなって、精神科病院の開放が進められ、デイケアなどアフターケアが発展するようになりました。1952年、統合失調症患者へのクロプロマジンの導入がありました。

これ以降、種々の向精神薬が開発されることになり、薬物療法が精神障害者の社会復帰を容易にし、精神科医療が著しく発展することになったのです。

日本の歴史

ヨーロッパと違い、日本では精神障害に対して宗教的な偏見は少なく、古くから精神病は病気であるという考え方があったようです。

しかし、精神障害者の収容施設がないため、放置されたり、座敷牢や神社・寺院に収容され、加持祈祷や滝打ち民間療法が行われましたが、残酷な扱いを受けた者は少なかったようです。

徳川時代になり、医家による収容施設もいくつか開設されましたが、精神科病院としては、1875(明治8)年に京都府癩狂院が設立されたのが最初であり、精神病者の保護について「精神病者監護法」が成立しました。

その後、巣鴨病院長であった呉秀三は「無拘束の理念」を提唱するなどの努力が積み重ねられ、大正8年に「精神病院法」が成立しました。精神障害者の保護治療の道が開け、道府県立精神科病院の設立が促進されたのです。

終戦後の昭和25年、「精神衛生法」が制定されました。精神鑑定医制度、措置入院が整備され、長年続けられてきた私宅監置が廃止され、日本の精神科医療が近代化されていきました。

国際的にも人権尊重、精神科医療が入院中心主義から地域中心主義への流れもあり、昭和62年には「精神保健法」と大改正され、さらに「精神保健福祉法」と改められました。精神障害者も法的に障害者と認知されることとなったのです。

精神医学の概念

用語の定義

精神医学は人間の精神現象とその障害を扱う学問であり、身体医学と対比していえば、医学の二大分野の一つという位置づけにあります。精神医学と関連した用語には「精神病」、「精神障害」、「精神疾患」という言葉があります。

「精神病」は身体的基盤を持つもので、脳に侵襲が加わった結果、精神症状や行動異常をきたす器質精神病、一般的には統合失調症や躁鬱病などの内因性といわれる病も含まれます。

「精神障害」は前記の精神病のほか、神経症、パーソナリティー障害、精神遅滞などを総括してして呼ぶ場合に用いられます。

「精神疾患」は病因が明らかとなり、治療ができる状態の病をいいますが、実際の臨床の場では器質精神病や統合失調症、躁鬱病なども含む広い意味で使用されます。

精神医学の方法

精神医学の方法は、生物学的方法と心理学的方法に大きく分けられます。生物学的方法は身体医学の方法と共通するもので、頭部CTやMRI、髄液検査など医学的諸検査や薬物療法がその代表です。心理学的方法には、心理療法、精神病理学、行動科学、人間学などが含まれます。

臨床現場ではこの両者を駆使することが重要で、以下の3つの側面から診ることが必要です。

  1. 不眠などの身体状況をとらえる。
  2. 精神状況のうち、客観的症状(動作、表情、話し方、作業能率など)を評価する。
  3. 精神状況のうち、主観的症状(患者の内的体験を言葉で表現)を評価する。

精神医学の方法にとって鍵となる概念

正常と異常

二つの区別は身体医学では平均基準の逸脱で定義できる場合が多いですが、精神医学では感情や意欲を数量化することは困難であり、平均基準がほとんど使えません。そこでもう一つの基準、「価値基準」をもとに考えることになります。

例えば、「ある状態」が、人間が生存するうえで不都合な場合には価値がないと判定し、この「ある状態」を異常=病気と判断することになります。この価値判断は時代により、地域によって異なる可能性があり、正常・異常の線引きが異なることに留意を要します。

心と身体の関係

この関係は昔から哲学の問題として論じられてきて、唯心論(心がすべての根源)、唯物論(物質、身体が根源であって、心はその属性)、二元論(身体と心は独立した実体)の三つに区分できます。

精神医学では精神現象を脳の機能として理解する立場をとりながらも、他方で心の働きの独自性を認めようとする考え方が支配しています。(経験的二元論)

了解可能と不能

精神医学では「了解」という概念が鍵概念として用いられます。ある心理現象に心理的因果関係を見い出せるか否かで、「了解可能」か「不能」かが区別されます。

「了解」の概念はヤスパースが現象学的方法をもとに確立したものでありますが、フロイトは、無意識の心的現象を扱えないと批判して、精神分析学理論を打ち立てました。

防衛機制

精神分析学から生まれた概念です。人間の本能的欲求を自我は抑制して意識の外(無意識の世界)に追いやり、精神的な安定を図ろうとします。この無意識な心の働きを防衛と呼び、その心理メカニズムを「防衛機制」と呼びます。

本能的欲求とこれを抑圧する力の間には葛藤が生じますが、この葛藤を不安と呼びます。この不安を解消するために防衛機制が働きますが、これが過剰となると神経症の症状につながります。

防衛機制には

  • 抑圧
  • 昇華
  • 投射
  • 合理化
  • 代謝
  • 退行

などがあります。神経症の心理療法では、この無意識的葛藤を意識させ、解消することを目論んでいます。精神医学と一言でいっても、その守備範囲は極めて広く、今日では専門領域が分化しています。

とりわけ臨床の場面では精神障害の分類が診断の一つの基準となっています。現在、使われているのがアメリカ精神医学会の定めたICDー10です。診断基準を明らかにすることは、より客観的な診断につながっています。

うつ病などの精神的に病んだ方に対する「精神療法」と「環境・社会療法」について

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