ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」で再確認!日本の食事シーンは美しい。お箸の持ち方、食器の置き方、きちんとできていますか?

昨年の秋ドラマで社会現象とまで呼ばれたTBSの「逃げるは恥だが役に立つ」ですが、視聴者ファンに注目された場面は恋ダンスやハグのシーンばかりではないのです。あらためて、何でブームが起きたのか確認してみたいとおもいます。

逃げるは恥だが役立つ、一体なぜ賑わった!?

主人公みくり平匡が、朝から彩り豊かな一汁三菜を頂き、遅めの夕食はテレビなどつけず一日の出来事を語りながら食事をとる姿に「お箸の使い方がキレイ」「日本映画・小津安二郎の世界を彷彿とさせる」「ただ食べているだけなのに眩しい」との感想でも賑わいました。

料理はクックパッドとのコラボで、見栄え良く、作ってみたくなる魅力も十分だったというのに、視聴者の目線は「所作」に釘付け。食事シーンでありながら刺激されるのは胃袋よりも、芸術を愛でるような感覚であったり、古き良き日本の原風景に想いを馳せることであったり。

こうした味わい方は日本人独特の感性から来るものと思われます。

その一方で実際の食事作法は「が緩んでいる」傾向にあると言われています。米粒を残さず食べきっていますか。皿の上を食べ散らかしてはいませんか。片手食い、ながら食い、一品食い、をしていませんか。食べきることより、食べたいだけで料理を注文していませんか。

食事は「命をいただく」ものであり、昔はもっと食べ物にありがたみをもっている光景が当たり前に見られました。長きに渡る飽食の時代で日本人の大切な感覚が崩れかけているとしたら、整え直す時かもしれません。美しさに気づける、今のうちに。

お箸を正しく使えるのはたった3割?

昔の広告で使われた「お箸の国の人」というフレーズから、日本人は箸を器用に使えて当然と思われていますが、うまく使える人の割合は実際どれくらいなのでしょう。

2012年の日本経済新聞プラスワンに掲載された「正しく箸が使える人の割合」によると、目白大学が8000人(栃木・埼玉・福島各県)を対象にした調査において、30代で約30%、40〜50代でも30%台をキープする程度という結果に。ひとつの参考例ではありますが、思った以上に少ないというのが率直な感想ではないでしょうか。

この結果をもとにすると、お箸の使い方は日本人として親から子へ受け継がれる躾というのは思い込み、日本人はお箸を使いこなせるほど器用というのも思い込み、そう受け取られても過言ではない驚愕の事実です。

お箸を正しく使えないことに負い目を感じるどころか、約70%も使えないのが実態。そして日本のお箸は「はさむ」「つまむ」「ほぐす」「裂く」「切る」「まぜる」の動作を、細かくこなせるよう箸先が細くなっています。お箸としての難易度がそもそも高いので、下手な人が増えても仕方ないのでしょう。

総合的に考えると、お箸は「正しく使えなくても構わない」のかもしれません。ただその一方で「正しく使えることは世界的に見ても特技である」と誇りを持ってみるのも手です。ちなみに大人でも持ち方を直すのは可能で、3週間ほどのトレーニングで済んだという報告もあります。

正しく使えている人からすれば、指の関節と筋肉の動きが効率良く、角張った割り箸も長い菜箸もフィット感は同じです。力を入れずとも、合わさる箸先にきちんと挟む力が集中するので、小豆も小骨もふわっと挟む感覚でしっかり捕らえられます。

大人の方が理屈をまず頭で理解でき、正しく持てた時の手応えを実感しやすいため、上達を楽しみながら直すことができそうです。

器の配置でテーブルにきちんと感が出る

美しい食事シーンはお箸の使い方や食べ方ばかりでなく、テーブルに並べられたビジュアルも重要です。近頃の家庭は一汁三菜の器を並べることが減っており、朝食や一人暮らしだと後片付けを考えてワンディッシュ・メニューで済ませる傾向に。

さらなる手抜きだと、テーブルの定位置なく適当に器を置き、いただきますもなく食べ始め、ごちそうさまもなく終える。感謝もメリハリもない食事の仕方を許してはいないでしょうか。

やはり食事は「命をいただく」ことなので、料理と食べる人がきちんと向き合える姿勢でありたいもの。主菜、副菜、副々菜、主食、一汁、香の物を用意できれば理想ですが、たとえ器が3つしか並ばなくても、ワンディッシュでも、美しく配膳して料理への敬意を表しましょう。

それを簡単にするのが「ランチョンマットと箸置き」。テーブルにランチョンマットを敷くことで「ここの枠内に器を収める」という整えたい意識が生まれ、配膳したあと「全体のバランス」が気になるように。箸が少し傾いている、飯椀と汁椀が離れすぎ、と感じるところから美しい心がけが滲み出てきます。

そして意外に即効性があるのが、箸置きの存在。直置きはお箸を掴み上げるしかないので、箸置きで頃合いのいい空間ができると、利き手の指先で摘み上げる→反対の手で受ける→利き手に持ち替える、の一連の動作を流れるようにこなせます。

直せなくても心がけが大事

箸を正しく持てない、直せない、皿数多い食卓に縁がない、そもそも食事は空腹を満たすだけで味わう余裕がない。いま食事をする場所であたりを見渡してみましょう。いかにスピーディーで、いかに他のことと同時進行しながら、食べ物を詰め込む光景が増えたことか。

食事は空腹と同時に心も満たす営みであったはずが、忙しい現代では無意識のうちに、次なる活動へのエネルギー補給でしかなくなっています。合理性や効率は見られても、美しい佇まいはそこにはありません。

相応のゆとりと時間が確保されなければ、家庭から、社食から、給食から、ファミレスから、美しい食事シーンは消えゆくしかないのでしょうか。日常で当たり前に見かけなくなれば、子どもや孫の世代は、日本にそんな美しい光景があったことなど知らずに育つのでしょうか。

日本の食事マナーを教える礼法講師によると、基本は「箸使い」「食事の速度」「姿勢」を意識することが肝心だそうです。正しく上手であれば尚良しですが、たった3つのポイントを意識するだけなら、たとえ時間がなくても食事との向き合い方を整えることは可能ではないでしょうか。

お箸を正しく扱えなくても箸先を意識しながら料理に触れたり、肘をつかずに背筋を伸ばし、飯椀や汁椀は片手にしっかり持って、音を立てずに味わいながら咀嚼し、一緒に食事する人とペースを合わせる。

食べる行為とひと時とをしっかり噛みしめるだけで、その姿が凛と品良く醸し出されるのは、ナイフやフォークにはないお箸ならでは所作によるところが大きいと言えます。

最後に

ドラマの中でも、食事中に会話がメインになってくると箸を一旦置く所作が映像で流され、雑な印象を与えませんでした。

二人の食卓では必ず「いただきます」「ごちそうさま」を交わし、料理についても「どうですか?」「美味しいです」のやりとりもカットせず、丁寧に生活を営んでいる姿を流していました。

時折食べ残しの場面もありましたが、その反対に、食べ終えた容器をきちんと洗って立てておくカットを差し込んで、食事の向こう側にいる、作る人食べる人への思いやりを細やかに描ききっていました。

美味しそうと目と鼻で感じとり、美味しいと舌で堪能して、美味しかったと満たされ、健やかな体と心が育まれていく。食事を美しく頂くことは、丁寧に生きることと繋がっているように思えます。

今日あなたは食事を、生産者に、料理してくれた人に、そして食材そのものに感謝しながら頂くことはできましたか。そして一番大事なのは食べ終えたあと。お膳はすべて空っぽですか。食べ残しは皿の片隅にそっと寄せてありますか。箸や器はまとめられていますか。

食べ終えた器に、下げる人や作った人が思わず笑顔になる様子が、ドラマや映画のシーンで切り取られる。そんな日本でずっとありたいものです

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