8月15日です。豊かさを、平和、生命、宝物の気づき方

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 戦争が無い平和な時代に生きていること。あたりまえだと思っていませんか。今日は8月15日。そう、あの悲惨な戦争を終えた日です。

終戦記念日。豊かさに考えてみませんか

今の時代が平和か否か、論じるつもりはありません。時事問題、経済問題、宗教、世界情勢を考えれば、どこに論点を置くかにより、正反対の結論が出ますよね。とはいえ、8月なので、少しだけ、終戦70年の節目にあたり、今日一日や、一年後、将来についてお読み頂ければと思います。震災の被災者については、今回は触れなくて申し訳ありません。未だに戦争被災者の補償もあいまいな部分を残しています。初めて原爆を投下された地で命をいただいた者として、一番驚いたことは、県人以外の方との認識の違いでした。

それぞれの土地にも、多くの悲惨な状況があったことも併せて、幼児期から当たり前に皆さんが、情報、知識をお持ちだと考えていました。もちろん、是非論の違いは多様です。驚きとともに、情報の少なさにも心を傷めました。

8月に限っての数少ないマスコミ発信は、年間を通して情報を与えられ、目や耳にしていた者には、恐怖さえ感じました。80歳の母が、やっと昭和初期から20年の話をしてくれたのは、2年前です。口にできない、思い出したくないことを、この時代だからこそ家族に伝えなければと考えたそうです。広島では語り部も減少したため、若い伝承者を要請し、1期生が活躍しています。私も応募するつもりです。

現代は、報道、教育にも規制が多く難しいことも多いと思いますが、せめて8月だけでも、そしてそれ以外の悲しい事実にも少し目を向けてみてはいかがかしら。戦争がないことが平和というのも事実です。私たちの平和は、毎日にあることに気づいてみませんか?夢や希望を持つことができること。コンピニがあり、スーパーには商品が並び、食事、サプリメント、交通、教育、等、衣食住によほどのことがない限り、当たり前になっています。金銭的に倹約しなければならないことは多々ありますが、こんなにありがたいことは、忘れがちです。失業、物価高、犯罪などの問題はあっても、音楽を聴き、テレビやWEB、娯楽、自分の意思で選択できますね。乳児、幼児からご高齢の方が、恐怖に慄く毎日ではない中の平和は、そんな中にも見つけられるように思います。平和だからこそ、大好きな人とまた会える楽しみがあります。おいしいものをいただく楽しみがあります。エアコンも使えます。花の美しさをめでる心を持つこともできます。ぐっすり眠ることも、体を清潔にすることもできます。今朝も家族の顔を見ることができます。ペットを飼うこともできます。日曜日の夕方の、家族漫画をテレビでみてホッとすることもあります。

人によって平和の見つけ方、気づき方は大小、種々でしょうが、ちょっとだけ身近の小さな平和を見つけてみてはいかがでしょうか?酷暑でイラッとしてしましますが、重大なことや、戦争とは無関係でも、身近に平和がたくさんあることに気づいたら、涼しくはならなくとも少し豊かな気持ちも持てるかもしれませんね。

強くもあり、儚い生命

病気や事故、犯罪、天寿全う等、生命のことを書きますが、こうあるべきとか深刻なお話ではありません。親族が多かったことや、幼児、若い友人、婚約者、家族、人生の大先輩との別れを子供のころから経験してきました。私自身は、ありがたいことに体に不自由はありつつも、生命をいただいています。人間に限らず、一番最近では、一人暮らしのパートナーであった18歳の大型犬を見送りました。人間も動物も植物も生命のあるものは、必ず旅立つものです。

研究などで、不老不死、細胞再生等は永遠のテーマですが、まだ確立された方法論はないですよね。運命だ、宿命だという考え方もありますね。子供の頃は、そうなのかと思い、また、順番だから仕方ないと考えていました。また、ご高齢の場合は、何も考えずに、もう十分全うされたのですね、などと無神経なことを何度もご家族に申していました。その時のご家族の表情の変化にも全く気付かず、です。ご家族にとっては、100歳でも200歳でも、悲しみは変わらないということを知ったのは、定年前の家族を亡くした時でした。人からはもう、十分ねと言われ、言葉を失いました。私は確かに十分生きたと言って納得させていましたが、他の方に言われたときに、そうですねとしか言えませんでした。

もちろん、家族にはもっと若く青春も知らないまま旅立った者もいます。その時は、周囲も気の毒そうに、言葉をかけてくれました。それ以来、肝に銘じたのは、生命の価値は年数ではないということです。ただ、ハンムラビ法典的な気持ちがあるのも、否定はできません。生きている私でさえ、あの出来事さえ、あの人さえこんなことをしなければもっと健康だったのに、希望にあふれた生活だったのにと思うのですから。社会や周囲の出来事、自信の経験を思い、少し涙しながらPC入力しています。もっともっと苦しんで悲しんでいる、絶望している方々もいらっしゃるでしょう。どうか、その時間の中で1分でも、思い出に心を譲って、すこーし温かい気持ちを持ってほしいなと思います。頑張っているご自身を褒めてあげるだけでも、ちょっぴり豊かさを呼んでくれるかもしれません。生命って、ほんとに儚いものです。

あっ!!と思った瞬間に消えてしまい、どんどん身体が固まり、冷たくなっていくのを、come back!頑張れ、戻ってこい!とも言えず、ただ、見つめて、なでるしかできないのです。反面、生命は強いものです。どんなに苦しくても痛くても動けなくても、生きようとする力は、筆舌に尽くしがたいものです。簡単には生命は、火を消そうとしません。生きなきゃいけないのかしらと考える時もあるでしょうが、そんなに安易に、勝手に終わらないもの、終わらせてはいけないものが生命なのではないかしら。おかしなことをいう人間だと思われるでしょうね。どちらも、なかなか経験しないと難しい思いかもしれませんが、忘れずにいると生命の強さと弱さのありがたさで、毎日、波のある人生も乗り越えられそうな気がします。

宝物を見つけませんか

希望でも夢でも目標でも、時間や物でも、子供、友人でも、ペットでも、小さな楽しみの中に宝物を見つけてみませんか?お金でも家でもいいでしょうし、価値観はそれぞれですから、何でもいいと思います。煩悩と呼ばれるものでも全然かまいませんよね。将来に絶望しそうになった時に、ふと思える宝物が一つでもあれば、私たちってもうひと踏ん張りできたり、宝物をもう一度目にしたり心に思うことで、次の道を探すことができるように思います。頑張ってもどうしようもないこともありますが、どうか宝物をみつけてみませんか?個人的には、友人、知人、ペットからたくさんの宝物をもらいました。苦しくて、諦めかけていたとき、行き止まりの壁だと思っていたところに、小さな扉を見つけることができました。お金では買えない、人の心遣いに気づき、

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