豊かさについて考えよう。貧しくても生活は豊かだった江戸時代

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江戸時代と聞くと今の時代と比べると一般的にはかなり貧しかったようなイメージがありますが、生活は思いのほか豊かであったのではないかと考えています。たしかに地震、津波、風水害、火山噴火、疫病などを原因とした飢饉によりその度にたくさんの犠牲者を出してきた歴史をみると豊かさとは程遠い感がありますが少し違ったようです。

飢饉の時

江戸時代の飢饉時には幕府、藩がお救い小屋などで救済にあたりますが、富裕な民間人も金、米などを提供しています。民間人も出せる物は出すという考えはシステム化されていて当然のことだったようです。

飢饉が続くと富裕な家が潰れていまうケースもあったようです。なぜそこまでしたのかは幕府が恐れる打ちこわしを防ぐための対策でした。日本人にとって米な特別な存在です。

米が買えず、粥すらも食べられなくなると打ちこわしの標的は米問屋になるので打ちこわしをされる前に米を提供せざるおえなかったのでしょう。このシステムが維持できている時は平等感があり復興に向けて、決して裕福ではないが豊かさを求めて頑張っていけたのかも知れません。

外国人から見た日本人の豊かさ

江戸時代の日本人の豊かさを幕末期に来日した外国人がいろいろと証言しています。日本人には見た目が不潔な人がいない。着ている物が粗末であっても貧乏といえる不潔そうな人に会ったことがない。

貧困な村々に行ってもそれぞれの村の伝統と文化を守り、村人も肉づきがよく食事をしっかりしているように見える。食事といっても今と比べると間違いなく粗末であったわけですから外国人から見たイメージからすると江戸時代の日本人は物の豊かさは無くとも心の豊かさがあったのでしょう。

江戸の町はリサイクルで経済が回るシステムがありゴミをほとんど出しませんでした。昨今リサイクルに目を向けるようになりましたが江戸時代では当たり前の事です。衣類、家具はもちろん、生活用品すべてに専門のリサイクル業者があり、再利用されていました。

便所の汲み取りは農産物と交換され、燃やした灰も再利用され、江戸の町からゴミはほとんど出ませんでした。今の時代では考えられないことが当たり前の事として行われていました。

最後に 

物を大切にする事を江戸時代を参考にもう一度再認識していきたいものです。物が無い時代でも外国人から豊かな人たちだと見られた日本人の心の持ちようをもう一度考えてみたいと思います。そこから、物欲では満たされない本当の心の豊かさが見えてくるのではないでしょうか。

ちょっと見かたは違いますが、ワンちゃんと過ごした18年に関する記事もお読みになりませんか。心があたたかまるとおもいます。

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