あなたにとってお金って何ですか?お金はないと生きていけないのです

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お金の流れって川に流れている水と同じだと思いませんか。川の水はバケツですくってもすくってもきりがない。これは手にするお金も同じだと思うのです。あなたにとってお金って何でしょうか。

当たり前なことを、感じるこの頃

子供の頃から、お金の心配はしたことがなく、とはいえ一般庶民の生活を送っていることが幸せで、親の苦労なんて知りませんでした。好きなものがほしいといっても、与えられない、我慢しなければならないことはありましたが、親の方針だと思い、納得できました。

それは、小さな我慢をしても、教育や、友人との交際には、最大の理解を示してくれたからだと思います。

塾に行きたいと希望しても、学校をやめるならば行ってよいと、不思議な説得をされたのも、方針と理解していました。

確かに、考え方でもあったでしょうが、考えると一サラリーマンにとって家のローンを始め、収入を考えると、精いっぱいのことを与えていてくれたと大人になって、わかりました。まだ今のような不況続きではなかった頃も、日々の生活を営むことだけでどれだけ大変だったか、子供は親の無償の愛を感じることはできません。

働き始めて、自分の少ない収入で何もかも賄うことが、どんなに厳しいか、初めて知りました。もう、ありがとうと伝えることもできない親に、与えて貰えたことが、お金とお金以外の重要さ、両方を今感じています。

苦労を知らずに、恵まれていた私の挫折は、21歳での大けがで一年間車いす生活を送り、就職活動も将来も描いていた通りにならなくなったときが始まりでした。

補償金を沢山貰っても、体も心も傷つき、周囲に心配と迷惑をかけて将来に絶望した私にとっては、絶望しかありませんでした。お金なんて、何にもならないと、お金を汚いもののように感じました。

でも、お金がないと動けない、食べられない、病院にも行けないのも事実でした。若さゆえ、お金の汚さを嫌悪して、それ以外は、厄払いといいきかせて無駄遣いを繰り返しました。生きるためではなく、自分磨きでもなく、ある意味荒れ放題でした。

今思えば、見守っていた周囲は心を痛めていたと思います。

そのまま社会に出て、元通りのふりをして、誰にも悩みを打ち明けず、みんなと同じでいることだけを目的に25年余りを過ごしてきました。後悔はありませんが、お金に対する考えがちょっと変わったきっかけでした。

必要だけど、お金では買えないものがあること、でも、絶対に生きる上では最低限、きれいごとでは済まされないのがお金です。ある時は、お金が一番と思う時、一方、お金のことを話題にするのは、恥ずかしい醜いこととどちらも正直な気持ち、皆さまもそうかしら?

それが人間で、どんなに暑くても一生懸命働いて、その報酬としてお金を得ることは、やはり大切な人間にしかできないことですよね。

ある時、朝の会議で会社の上司が、百年に一度の不況を経験できているということは、貴重です。ピンチをチャンスに、それが我々にはできる。とおっしゃいました。

決して稼ぐことがいやらしいことではないと気づかされ、わたしの考える、お金に対する、欲しいけどがつがつしたくないという別々の考えを、一つの頑張り方、考え方、感謝の仕方に統合してくださいました。

大けがの後、頑張って仕事と人間関係、プライベートに一生懸命生きてきて、ある程度金銭的にも人的にも恵まれて、数十年過ごしてきましたが、不治の病に巡り合った今、お金の大切さは身にしみます。

お金は、ないと生きていけないのです

各国の財政破たん、失業問題は、いつ我が身に降りかかるか分らない現代でお金が一番か、ちょっと考えてしまいますね。こつこつ働くことがいいのか、高収入を目指すか、皆さんも違いますよね。その時々で違っていいのではないでしょうか。

ちょっと小さな幸せ

エリートといわれる人のほとんどは、収入や地位が安定して、日々の子育てや仕事、奉仕、さまざまな場面で活躍している方を多く見聞きします。

  • 高い収入
  • 名声
  • 日常生活
  • 衣食住
  • 趣味

と、多様なことを楽しんでいる方も多いです。先日、優秀な学者の方は、エリートであっても、研究費や職員の雇用にも頭を悩ませ、ファンドのためにマラソンをしていると、映像で見ました。

エリート=お金持ち

というわけではないのですね。

それでも、生き生きと毎日を過ごせることは、もちろん最低限の収入はあるでしょう。趣味も楽しみもあるでしょう。そうできるお金もあるのでしょう。でも、お金だけではないのでしょう。ある程度の教育や生活レベルのもとで、培われた素敵な方だなと感動しました。

私は、エリートではありませんが、人に救われ、倹約生活で、今の時代のポイント生活の活用、最小限のお金の活用で、小さな幸せがあることに気付きました。

都会で、一人暮らしをしているとほとんど、家事や仕事に追われ、疲れきった日々の中親しい友人とたまに共に過ごす程度です。そんな中、今は、なんでも詳しくはホームページをご覧ください、というテレビやチラシばかりで、誰かと話をしなくても済むことばかりです。

でも、ご近所やマンションの人、ちょっと買い物をしたときに、デパートやスーパーやコンビニ、八百屋や花屋の方、交番の人に、挨拶し、お天気や雑談をしていくと、いつの間にか、人間的にだけではなく、お金やサービスのアドバイスをもらえるのですね。

いくつか、ちょっとしたことを挙げてみます。

化粧品を買い物に行って何気なく、お店の人に話を聞いたときです。あと数日するとこれは1割相当のポイントが付くキャンペーンが始まるので、今日は、サンプルを多めに上げますからそれまで待つといいですよ。と、驚きのアドバイス。

八百屋さんで、お勧めは?と尋ねたら、一番安くて新鮮なものや料理法を教えてくれたり、おまけでフルーツをくれたり、ちょっと熟れ気味の柑橘類は値引きしてくれたり、数円足りなくて買うのをやめようとしたら、おまけしてくれて、驚きました。

品物を買うと、必ずおまけをしてくれるお店もあります。個人商店ならまだしも、スーパーでは、あと少し買うと、数日後のサービス券がもらえるから、とレジで教えてもらえることもあります。

お花屋さんでも、びっくりするくらい高価なお花を一緒に包んでくれることもあります。値引きできないようなものも、サービスで一つ余分に鞄に放り込んでくれたり、それは、どうお礼を言っていいかわかりません。もちろん客商売だから、私にだけではないにしても、商品ですし、何も言わなければ済むことですから、すごいなと思います。

だんだん、今日は遅いですねとかお互いに名前は知らなくとも、今日は顔色がいいねとか、人間関係も素敵な幸せです。

その上に成り立つ、お金やサービス、お得情報、おいしいもの楽しいものも教えてもらえて、インターネットや、ポイントカード情報、もさらに有効活用できるのです。

確かに、十分、あるサイトを経由して買い物をする、ある店舗で、別のポイントカードを使うと、2重にポイントがつくことも多くなってきました。提携先に、移行できるシステムもできます。

エコバックはエコを目的とせず、ポイント還元のために持ち歩くことも、当たり前です。しかし、多忙で、ある程度収入があると、ポイントカードの多さ、サイトを見る煩雑さで、ついないがしろにしがちです。前述したちょっとした幸せは、実は、お金と人の小さな幸せ、豊かさではないでしょうか?

必要なお金だけど、豊かさの見つけ方

他人とお金の話をすることは、めったになく、あったとしても、本心でもなく頑張らないとね、程度で、貯蓄額や収入、支出の話を具体的にすることはほとんどありませんよね。家族で、話す時も、ある程度日常生活を送っている中では、

  • 人生の岐路
  • 教育
  • 進学
  • 住宅の購入
  • 結婚

等、将来のことで、まとまった支出がある場面、病気やけが、失業や、遺産、相続など、一生の中で、避けることのできない時、なかなか笑顔で済まされないことがほとんどではないでしょうか?

不況という一言で、我が家の家計が潤うわけでもなく、物価は上昇しても同じように収入が増えるわけではなく、ともすれば、収入が見込まれなくなることも不思議ではない時代です。

高度成長期や、バブル期を経験した世代には、一度経験した贅沢はなかなか忘れられないものです。今は一番の労働力である30代から50代が一番厳しい労働条件で、雇用も安定していません。自然環境や、世界情勢も不穏で、希望が持てないのは、事実です。

個人的ですが、大けが、病気、障がいで、安定した収入が厳しい経験をしています。就職できても、大義名分と違い不況の企業にとっては個人の事情など関係なく、他の被雇用者同様、人並み以上の労働を強いられます。

企業もボランティアであではありませんから、利潤追求は当然です。それでも、ちょっとの収入で、とても豊かな生活を送れています。え?なに?それ?と思われるでしょうね。

最近、数人が会話するのを耳にしました。世の中に役に立たない価値のない人は、排除すべきだとの発言です。驚きも、怒りも、反感も感じませんでした。その時は。

しかし、数か月した時、体調がままならならず、次にお金を得るために、体調よりプライドを優先したため、将来のお金の不安が襲ってきました。思い出したのは、価値のない人間の排除、でした。正直、苦しみました。

自責の念と、消費して、生きているだけでお金がかかることに罪悪を感じました。たとえ、家から出なくても、光熱費は最低かかります。何も食べないわけにもいきません。他人には、かけらもそんなそぶりは見せたくないから、だれも知らないです。

苦しんで、つましい生活の中、やっとやっと今幸せで豊かな毎日を送っています。

当然、状況は変わっていませんから、贅沢ができるようになったわけではありません。お金のことを考えない生活ではありません。お金は必要です。どんなに苦しくても、生きていかなければなりません。

十分ではなくても、ちょっと頑張って働いてみる、人の話を聞いてみる、希望を新しく見つけてみる。働いている人や、友人知人、パートナーや、ペット、何でもいいです。ちょっと尊敬と感謝の気持ちを、メールでも、電話でも、直接でも、思い出してみませんか?

中には、口で言ってはくれなくても、あなたが必要よ、いてくれるだけでいいのよ、とぎゅっと抱きしめてくれる人、顔を見に来てくれる人、尻尾を振ってくれるペットもいるのですよ。

それが、ちょっと頑張って、一日数時間でも社会でお金になることの活力になるかもしれませんね。

ちょっとのお金を得ることがとっても大変で、もし、人からちょっとサポートがあったら、その十分の一でも元気な顔を見せること、家にあるリンゴ一個を差し上げることでも金銭ではなくても、お返しになりますよね。

排除されていい人間なんていません。情けは人のためならず、と言いますが、お金だって、時間だって気持ちだって自分のためだけに使うのではなく、天下の回りもの、お金は人のためならずと、思ってはのんきすぎますか?

お金がないと何もできませんが、お金と、人と、ありがとうの気持ちは、切り離したとき、孤独が待っているような気がします。ちょっと、ご飯を食べながらでも、生産者や、お金、周囲のちょっとしたことに気づいてみませんか?

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